感動受注経営学校

第37回 「10年後、一体誰が作る」

2006年09月15日

建設業界というピラミッド。その土台が音を立てて崩れ始めた。
ある現場の親方が語る。

型枠解体工.JPG
5月のある日、作業を終えて、腰を下ろした二男が突然、つぶやいた。

「親父、明日休みをもらえないか」
 これまで一緒に働いてきて、二男が休みを欲しいと言ってきた事
は一度もなかった。
真意を測りかねた父が問い返すと、二男が答えた。
 「仕事を探しに行きたいんだ」
 中学を卒業してすぐ、父親の仕事を手伝い始めた。この4年、建
設現場で苦楽を共にしてきた。だが、これから暑い夏が来る。家業
だからといって、展望の見えない仕事をいつまでも息子を縛り付けていいのか。話を聞き終えた父は、
たばこの煙を吐き出すと、ただ一言、こう言った。
 「好きにしろ」
 その数日後、二男は近所のパチンコ店で働き始めた。

 夏は60度の中で作業

 今年で47歳になること男は、現場では、”親方”と呼ばれている。息子と同様、中学卒業後、型枠解体
の世界に足を踏み入れた。
 型枠とは、コンクリートを流す際、流れ出さないように外側を押さえつける木製の板のこと。それを組み
付け、解体する職人を型枠業者や型枠解体業者と呼ぶ。現在、親方が抱える職人は6人。大阪で近辺
の建設現場で型枠解体を手がけている。彼らのような職人は、建設ピラミッドの最下層に位置する。
 その作業は過酷の一言に尽きる。
 細い足場の上で、型枠や鉄パイプを外していく。時には、数十mの高所で作業することもある。そして
屋外作業。コンクリートに覆われた建物の温度は、真夏には60~70度にまで上がる。実際に、酷暑が
続いた昨年の夏、親方は熱けいれんで倒れた。
 「腹のあたりがつり始めて。もうダメかと思いましたわ。自分らの業界、脳に障害を持って引退
する人が多い。精神的なキツさが、最後は頭にくる」

 肉体を犠牲にした報酬は、低い。大阪の場合、型枠解体は1m2当たり300円前後が相場という。職人
の作業量を考えると、職人1人の1日の稼ぎは1万2000~1万3000円程度である。複雑な構造で解
体に手間がかかれば、1万円を割り込むこともザラである。
 だが、職人に払う日当は決まっている。それに稼ぎの中には、ガソリン代や駐車料金、解体した型枠
を梱包し、送り返す費用などが含まれている。すべて支払うと、親方の手元にはごくわずかのカネしか
残らない。
 3年前の暮れのこと。1つの現場を終えた親方が手元に残ったカネを数えてみると、わずかに5万円
だった。
 「親子2人で数ヶ月働いて、残ったカネが5万円。何やこれって、思わず笑ってしもうたゎ」
 今では、生活費にも事欠く。大学生だった長女には、学校をやめてもらった。この11月には排ガス規
制の影響で、職人を現場に運ぶライトバンが使えなくなる。このままでは、車がないために「組」の看板
を下ろすことになる。
 親方にも羽振りのいい時代はあった。バブルの頃、型枠職人の単価は4万円を超えていた。30人近
い職人を抱え、2億円の年商を誇った。夏と冬のボーナスを出し、職人衆を連れて海外旅行にも出かけ
た。だが、バブルが弾けると、状況は一変した。
 「1999年にぱたっと仕事が止まった」
 不良債権問題が火を噴き、ゼネコンの経営不安が表面化した時期である。公共事業も縮小し、民間
建築も伸びない。赤字覚悟の安値受注に突き進むゼネコン。そのしわ寄せが、末端の職人のささやか
な生活を直撃するのに時間はかからなかった。

 「勝手に鼻血が出てくる」

 現場でのコスト削減の圧力も激しさを増した。
 まずは工期の短縮。赤字覚悟とは言うものの、「企業努力」をしなければ会社がつぶれてしまう。そ
の中でゼネコンは、複数の工程を並行させることで工期を短縮し、労務費の削減を図った。それは、1
つの経営判断だが、労働環境は確実に悪化していった。
 「人が作業しているその横で、コンクリを削ったり、アスベストを吹き付けるということを平気で
やる。僕らを人間と思うてない。作業をしていると埃で勝手に鼻血が出てくる」

 ゼネコンから来た現場所長が無茶な要求をし始めたのもこの頃からだ。
 「3日で外せ」
 あるマンション工事現場で、所長は親方に命じた。コンクリートを流し込んでから固まるまでの養生が
必要だ。公共工事では、コンクリートを養生するにのに3~4週間かけることが多い。
 その期間を短縮すれば、確かに工期は短くできる。しかし、すぐに型枠を外せは硬化が早まり、ひび
割れなど強度低下の原因にもつながる。
 「そんなん無理でしょ」
 反論した親方に所長は言った。
 「コンクリの性能が上がったんだ」
 そして、コスト削減のしわ寄せは、現場の安全をも蝕む。
 彼らは通常、建物を覆う鉄パイプの足場に登って作業する。普通は落ちないように隙間を埋め、下が
見えないように工夫をする。ところが「コスト削減」を理由に、必要な足場を減らす現場が出始めたのだ。
 「ひどい現場はパイプだけ。安全帯を着けろと所長は言うけど、その前に、落ちないような足
場を組むのが筋じゃないのか」

 「職人はもう干しあがっている」 

職人状況に詳しい、建設専門工事業教育情報センターの川口末吉氏は言う。大手ゼネコンの業績は
改善し、有利負債も目に見えて減った。だが、実際に現場で建物を作る職人の待遇は悪化の一途を
たどる。大手の復活---。
 「作業は過酷。給料は安い。こんな業界に、若い子が魅力に思うか。周りをみても、職人はみ
な40歳以上。若い子なんてどこにもいない。僕らは、あと10年働ける。だけどその後、一体
誰が建物を作るのか」

 自分の息子さえ引き留められない。そんな業界に未来があるのか、と。
 たが、叫びは届かない。過当競争に明け暮れる建設業界に、10年後を考える余裕はない。それど
ころか、更なる叩き合いを繰り広げる・・・・・。

日経ビジネス 2006.8.28号 談合なき世界 プロローグ 職人 より掲載

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