第15回 『構造計算書偽造事件をこう思う』
姉歯建築士による構造計算書偽造事件を、現段階で自分なりにまとめてみた。
マスコミで報じられたこのニュースは、建築設計の根本である構造設計にまで及び、完全にその信用を失わせかつ、大きな衝撃を社会に与えた。
このニュースを知って日本中の人が自分の住んでいるマンション、事務所ビル等について不安に思い、大きな衝撃を受けたと思う。
私は建築設計事務所を持ち47年にもわたって様々な建物を設計・監理してきたが、このような事件は始めてだ。第一報を聴いた時に「今までの事件とは全く違うぞ!建築の構造が危険だと言う不安感は想像を絶するだろう」と思った。
単に姉歯氏個人の犯罪と怒れば気が済むものではない。
阪神淡路の大災害を目の当たりにし、これまでの物欲に歯止めをかけたはずが、元の木阿弥になりかかった今、昨年の新潟地震では村が消えてしまう恐ろしさを見てしまった。このように思い出して見ると大方の人々にとっては、「自分の身に降りかかる確率は・・?」と一人で言葉には出せずに考えたのではないか。
しかしこの度の事件はその質が違う。
何故かといえば、生活の基盤である「住まい」に起きた不安であるからで、365日不安から逃れることが出来ないためだ。さらに、ミスではなく故意だったことの恐ろしさだ。そのうえ、事件発覚当時の姉歯氏の話にはたいした罪の意識が感じられなかった。 どうして判らないのだろうか、この基本的なことが。 例え仕事に慣れが生じると云っても、自分の設計している構造が、はたして建築基準法の最低の基準に合致しているかを気遣い、ある時は夜も寝られなかったことが無かったのだろうか?経済優先の社会だと云っても、構造計算の結果については一種の「聖域」扱いをしたものだった。手を出してはいけない、と教育されたことをまざまざと思い出す。
そこで、いきなり批判の矢面に立たされた「一級建築士」の一人として自戒の念を込めて振り返る。
考えるまでもなく、経済活動の一環である「設計・監理業務」には、確かに様々な落とし穴があることを知っている。その一つは、如何に安い費用で最大の効果を上げることが出来るか、だ。その為にまず設計報酬の問題がある。しかし構造設計・監理・施工には誤魔化しは絶対に許されない厳しい世界の筈である。誤魔化しの上に出来上がった建築は決して許されることはない。
では、どうしてこのようなことが起きたのだろうか?
バブルが崩壊して10年以上経つが、それ以降よく耳にしたのが入札に於ける「ダンピング」の激しさ。公共建築の設計料、更に工事金額にもダンピングは当然及ぶ。それが経済の失速により皆必死で仕事の奪い合いをやった結果、多少質素になったとは云っても一坪50万60万という低価格の工事が多くなったと云われる。
そして、設計料のダンピングはコンピューターの手を借りて補い始めた事務所に続出し、今ではほぼ当たり前に「CAD(一般的にキャド)」と称するコンピューター作図に依存している。これはもう止めることは出来ないだろう。この流れを本当に技術の進歩と喜んで良いとは思えない。反面、大変に恐ろしい世界に踏み込んでいるのもの事実である。それは具体的にはどんなところに潜んでいるか、それはパソコンでは「変更」「更新」が容易になったことではないか。又一方でとんでもない「単純ミス」が発生する危険性が増したことではないか。それらが重大ミスにつながるのだが。しかしこの度の事件はミスではなく故意だった。
複雑な構造計算システムを駆使して2通りの答えを導き出す作業を「手計算」でやる人はいないだろう。がしかし、コンピューターにはその能力がある。いったん基礎データーを打ち込みGo!とやれば、あとは計算が得意なコンピューターの出番となってしまう。その魔力に負けた人が出てしまった結果がこの度の事件ではないだろうか。その上更に危険要素がある。一つは構造計算ソフトの改ざんが容易なことである。これは絶対やってはいけないことだ。もう一つは、整然とプリントされた資料には間違いがないように思わす魔物が潜んでいることだ。これも大きな落とし穴だ。検査機関の問題はさまざまな角度からも見る必要がある。すなわち、経済活動に組み込まれた検査機関が、どこまで経済を無視して真摯にチェックできるか、という点だ。多分不可能だろう。計算書の改ざんを見抜けなかった原因は前段のコンピューター書類云々ではなく後者の経済活動に巻き込まれた原因の方が強いのかもしれない。民間確認検査機関も、自治体のそれも、構造技術者の人数不足、技術力不足の問題がある。
次のステップである工事業者はどうか。
身近なところから見ただけでも、全般的な技術者不足は深刻だ。リストラと称して組織の一番大事な技術者を整理してしまったため、後から入ってきた若くて賃金の安い経験不足な者に教える人がいなくなった。その為、これまでの経験者であれば当然指摘できたようなミスや不安材料を見過ごしてしまう事が生じていると思われる。現場において「建築主」「設計者」そして「工事者」の妙なるハーモニーが奏でられて始めて良質な建築が誕生する。それぞれが異なった組織で構成される場合が多いため、その連携に不足があっては駄目なのだ。
では具体的に連携とはどういう事か。
工事の発注者である「建築主」は良質な建築を求めること、(但し、良質=贅沢ではないことは当たり前)それを受け取る「設計者」は自分たちの技量を過信しないで質の良いものを求め、その上で施工を担当する「工事者」は専門技術に誇りを持って当たる。この単純な流れ、連携、意識等にこの度の関係者は破綻を来していたのだろう。これでは余りにも居住者にとって不幸すぎる。
マスコミの扱い方にも問題がある。不安感をあおるような記事には専門家として憤りを感じる。問題の徹底究明と言う姿勢は誤りではないが、全てを白日に晒して良いと言うものではない。築25年以上前の旧耐震といわれる建物は、確かに危険ではある。しかし専門家はこれを様々な条件下で危険があると言っている。その条件を全て省略して危険と言ってはいけない。専門家でない一般の人間はパニックになってしまう。法制度の不備も確かにある。総括建築士、構造建築士、機械設備士、電気設備士と責任を分化し、建築検査も数多い段階で厳しい検査をするシステム作り、そして手抜きに対する罰則作りいずれも必要なことではある。この事件に直接かかわる全ての人々は、決して責任のなすりあいをせず正面から対応しなくてはいけない。現代は資本主義の名のもとに、効率優先・経済優先そして無責任時代となっていることに根本原因がある。今後私は一建築家として建築家協会と言う組織を通じて、社会に発言して行く所存である。職能建築家として社会にお役に立つべく、問題点を適格に捉え健康で安全建築作り、街づくり、良い環境創出のため努力を傾注したい。
(株)山本富士雄設計事務所
代表取締役所長 山本富士雄
経 歴:1959年3月~1972年11月
(株)三座建築事務所大阪支社及び東京本社にて、集合住宅、電話局、病院、オフィス
ビル、個人住宅等の設計監理に携わる
1972年11月 山本富士雄設計事務所設立
1979年9月 株式会社に組織変更し、代表取締役所長として現在に至る
社会活動:〔社)日本建築家協会関東甲信越支部西東京地域会会長として、2001年4月より2
003年3月まで、西東京地域の住民を対象に「グリーンモール運動」等の活動を行った
(現在副会長)
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