第58回 大不況を克服する道はある
大不況を克服する道はある。それは都市づくりだ。
容積率を上げ、地下を面積に入れず、道路巾による容積制限・斜線制限を撤廃し、日影規制を止め、地下都市を作り,ヴィジヨンある都市計画を蛮勇を持って実行することだ。
世界には美しい街が数多ある
街並みの美しい都市が世界中にある。ロシアのサンクトペテルブルク。バロック様式と古典主義式が融合した建築物の数々が運河で切り分けられた島々に浮かぶ威容は、「北方のベネチア」と呼ばれるにふさわしい。ルイ十四世が遷都してベルサイユ宮殿を築いたパリ、ヘンリー八世が開発したロンドン、ニューヨークマンハッタンの街並みなど二十世紀の首都にふさわしい趣がある。
日本の街は醜い
しかし戦後六十数年、東京の街並みは簡市以来の自然発生的な流れのまま形づくられてきただけで、政治家は都市づくりに手をつけてこなかった。私が生まれ育った武蔵野市吉祥寺駅前にあるハモニカ横丁は、戦後のヤミイチのままの姿を残している。これだけ豊かになっても、日本には「これが二十一世紀の街並みだ」言うものが殆どない。
なぜか。それは目先のことにとらわれ、日本の将来を本気に考える政治家がいなくなったことが一つ。もう一つは日本人の性格そのもので、国民が街づくりのような個を超えた大事業に夢を抱いたり希求してこなかったことがある。
美しくする処方箋
たとえば東京都は、美濃部都政時代の悪法である日照権条例は天下の悪法である。制定当時、心ある建築家はこぞって反対した。建物を斜めに切り割き街並を醜くし、雨漏りのする建物を作るだけだと。外国人から日本には「とんがり屋根」が多いのは教会ですかと聞かれた事がある。
そもそも都市開発で建物を作り替えるときには高層化するものだ。当然隣は陰になるわけで、日照権がある限り作り替えができなくなる。先ずこれを撤廃すること。日差しが欲しい北欧でも日照権などと言うものはない。日のたる屋外で体を動かし名がらあたれば良いという考えかただ。その方が健康的だ。
次に、地下建築の面積を容積率に参入させないこと。地下は地上に何ら迷惑を与えない。地下と地上がドッキングすれば良い都市ができる。これを容積率に入れるなど全く意味がない。カナダでは容積率に入れていない.これが当たり前だ。
もう一つは、道路巾による容積制限・斜線制限を撤廃すること。人が避難する時狭い道路は人であふれ救助の車の通行の妨げになるから、狭い道路に大きな建物を建てさせないと言うが、人間が歩行者通路を2階に設けるか地下を作れば良い。これがあるから階高も揃わず街は美しく機能的にならない。美しい事は良いことだと本気で思おう。
地下都市を造ろうーキーワードは安全で安心な住環境
・大深度地下は通常事前に補償を行なうことなく使用権の投定が可能であるため、事業化が困難である都市部の事業が実現する。
・地震の影響を受けにくいことから、ライフライン等の安全牲の向上に寄与する。
・地上で事業を実施する場合と比較して、騒音の減少、景観の保護等地上の都市環境の
保全に寄与する。
キーワードは安全で安心な住環境の創生である。地下都市でこれが可能になる。
工業国家を追い求める時代は終った
これから日本が目指すべきは高齢化の進んだ成熟社会にふさわしい先進的街づくりであり、環境をより良くする安全で安心な住環境の充実である。
軟弱地盤の土地改良をすべきである。地盤の土地改良から始めて、次に耐震化・免震化改良を行なおう。免震の方がローコストである。
ブロックごとに都や区が買い上げで、地盤を強化し、共同施設をつくる。その上に容積率の高い近代的な高層住宅と商業施設を民間資金でつくる。そこに住んでいた人たちは2年間くらい公営住宅に移ってもらって、住宅が完成したら移り住む。ブロック単位で開発すれば、小学校をつくる資金もできるはずだ。
ビジョンとコンセプト。それさえあれば都市計画はできる。
江東区、中央区、港区、台東区、品川区、墨田区など、大手町まで20分以内の街が整備されるのは非常に重要だ。それから築地、晴海、豊洲と東京のシンボルになるようなプロジェクトをやらなければいけない。
実現すると、オリンピック議致どころの騒ぎではない。東京の再開発始れば、向こう20年は盆と正月が一緒に来たくらい建設業界は忙しくなるだろう。内需拡大の経済成長の一大エンジンになる。
東京は再び世界の注目を浴び、ワールドセンターになっているはずだ。
次に名古屋や大阪、福岡なの再活性化を促す。カネも需要も十分にあるから、こうした計画は絵に措いた餅ではない。ビジョンある政治家が出でくれば、実現できる。国家百年の計である。蛮勇を持った英雄的政治家の出現を待ち望む。
代表取締役所長 山本富士雄
経 歴:1959年3月~1972年11月
(株)三座建築事務所大阪支社及び東京本社にて、集合住宅、電話局、病院、オフィス
ビル、個人住宅等の設計監理に携わる
1972年11月 山本富士雄設計事務所設立
1979年9月 株式会社に組織変更し、代表取締役所長として現在に至る
社会活動:〔社)日本建築家協会関東甲信越支部西東京地域会会長として、2001年4月より2
003年3月まで、西東京地域の住民を対象に「グリーンモール運動」等の活動を行った
(現在副会長)
感想・ご意見 architect@f-yamafuji.com
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過去の掲載記事
第56回 超高齢化時代の日本の住まいはどうあるべきか(その3)
第55回 超高齢化時代の日本の住まいはどうあるべきか(その2)


